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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17063号 判決

原告

日経信用株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

堀博一

被告

訴訟代理人弁護士

早川晴雄

矢野欣三郎

主文

一  被告は原告に対し、二億円及びこれに対する平成二年四月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告は、昭和六一年四月に丸大証券株式会社(以下「丸大証券」という。)の代表取締役に就任し、平成二年一一月一六日退任した。

2(一)  丸大証券は、平成二年三月一四日、共同ファイナンス株式会社(以下「共同ファイナンス」という。)から株式会社鹿児島銀行の株式(以下「鹿児島銀行株」という。)四五万株と株式会社肥後銀行の株式(以下「肥後銀行株」という。)一〇万株の売付委託注文を受けて、同日、これを執行し、鹿児島銀行株の受渡金額は一二億二六四五万二六二四円、肥後銀行株の受渡金額は二億四三三二万三五八〇円となった。

(二)  丸大証券は、同月一五日、共同ファイナンスから鹿児島銀行株五六万九〇〇〇株、肥後銀行株一九万株の売付委託注文を受けて、同日、これを執行し、鹿児島銀行株の受渡金額は一五億八二九八万九三七三円、肥後銀行株の受渡金額は四億五三〇五万二四九五円となった。

(三)  丸大証券は、B(以下「B」という。)が鹿児島銀行株と肥後銀行株の受付委託注文をしたことを確認する文書をBに出させ、丸大証券がBに対して有していた株式買付委託代金債権と右売付委託代金債務とを相殺するとともに反対売買を行った。

3  共同ファイナンスは、平成二年四月一五日付の書面で、共同ファイナンスが丸大証券に鹿児島銀行株と肥後銀行株の受付委託注文を出したが、丸大証券が受渡金額の支払いをしないとして丸大証券の債務不履行を理由とする売付委託注文に関する契約を解除し、右受渡金額の合計三五億〇五八一万八〇七二円から同月一二日における右株式の市場価格(鹿児島銀行株一株一一五〇円、肥後銀行株一株一〇二〇円)合計一四億六七六五万円を控除した二〇億三八一六万八〇七二円が損害金であるとして丸大証券と商法二六六条の三に基づき丸大証券の代表取締役である被告に対して損害賠償請求をし、この書面は同月一六日被告に到達した(≪証拠省略≫)。

4  共同ファイナンスは、平成二年四月一六日、前項の損害賠償請求権を原告に譲渡し、同月一七日、被告に通知した(≪証拠省略≫)。

5  丸大証券は当庁に右二〇億三八一六万八〇七二円の損害賠償債務不存在確認訴訟を提起し、これに対して、原告は、同額の請求を求める反訴を提起したところ、平成五年九月二七日、当庁において、丸大証券の本訴請求を棄却し、原告の反訴請求を認容する判決が言い渡された。

丸大証券は東京高等裁判所に控訴を提起したが、平成七年七月一八日、丸大証券が原告に対して一三億五〇〇〇万円を支払い、原告と丸大証券はそれぞれの請求を放棄し、何らの債権債務がないことを相互に確認することなどを内容とする和解が東京高等裁判所において成立した(以下「本件和解」という。)。

二  原告の主張

1  丸大証券は、共同ファイナンスから鹿児島銀行株、肥後銀行株の売却の委託を受けたのであるから、平成二年三月一四日に売却の委託を受けた委託代金一四億六九七七万六二〇四円については同月一九日、同月一五日に売却の委託を受けた委託代金二〇億三六〇四万一八六八円については同月二〇日、それぞれ共同ファイナンスに支払う義務があった。

2  被告は、右売買委託代金の支払いを免れるため、丸大証券に鹿児島銀行株及び肥後銀行株の買い注文を出して買付代金を支払えなかったBに、同人が丸大証券に対して右各株式の売付注文をしたとの虚偽の事実証明文書を作成させて共同ファイナンスに対して委託代金の支払いを拒否し、同月一九日と同月二〇日に東京証券取引所の会員証券会社から受領することのできた二銘柄の株式委託代金の支払いを免れるため、Bの売付注文と買付注文による委託代金を取引日毎に相殺もしくは反対売買するなどの偽装をして委託代金を着服し、共同ファイナンスに損害を与えた。

三  被告の主張

1  丸大証券が共同ファイナンスから株式売却の委託を受けた事実はない。共同ファイナンス名義による丸大証券に対する鹿児島銀行株及び肥後銀行株の売却委託注文は、当時、株式市場において仕手戦を演じていたBが同人の損益負担のもとに共同ファイナンスの名義を使ったものである。

丸大証券における共同ファイナンス名義の口座は、Bが仕手戦に利用するための仮名口座にすぎず、共同ファイナンスには売付代金の支払い請求をすることができる何らの権利もない。また、売付株式の期日呈示すら不可能な状況にあっては、丸大証券に売付代金の支払義務もなければ右売却代金の横領ないし債務不履行に基づく損害賠償義務の発生する余地もない。

2  原告は、東京高等裁判所における裁判上の和解で、丸大証券から一三億五〇〇〇万円の支払いを受けることによって丸大証券に対するその余の請求を放棄した。

丸大証券は、平成二年一一月一六日、被告に対して何らの請求をしないことを書面で確認しているのであるから被告には負担部分がない。原告は、裁判上の和解において丸大証券に対するその余の請求を放棄しているのであるから、丸大証券の原告に対する債務は存在しなくなり、被告も原告に債務を負担しない。

3  原告が共同ファイナンスから損害賠償請求権を譲り受けたのは、原告の共同ファイナンスに対する貸金債権回収のためであり、原告は、共同ファイナンスに融資した貸金が融資先である共同ファイナンスによってBないしBが主宰する有限会社投資ファイナンスの株式仕手戦のために使用される資金であること、共同ファイナンスには損害賠償請求権が存在しないことを熟知していた。

被告は、Bないし共同ファイナンスが株式仕手戦を演じていたのを知らなかったのであり、このような原告と被告との関係を考慮すれば、被告に対する本訴請求は信義誠実の原則に反し、権利の濫用となる。

四  争点

1  平成二年三月一四日と同月一五日に丸大証券に鹿児島銀行株、肥後銀行株の売却の委託をしたのは共同ファイナンスかBか。

2  共同ファイナンスは、決済期日に株券の呈示ができたか。

3  原告の本訴請求は、信義誠実の原則に反するか。また、権利の濫用となるか。

第三争点に対する判断

一  売却の委託

1  証拠(≪証拠省略≫、原告代表者、被告本人)によれば次の事実を認めることができる。

(一) Bは、有限会社株式投資ファイナンス(以下「株式投資ファイナンス」という。)、有限会社和成物産を同じ事務所で経営して他から資金を借り入れ、証券取引等を行っていた。平成元年一二月からは自己名義や他人名義を利用し、丸大証券に対して口座を開設して株式の売買を委託し、丸大証券との間では主に買い主体の取引をしていた。丸大証券は証券取引所の会員ではないため、顧客から注文があると会員である母店の証券会社に注文を出して株式の売買を成立させていた。Bは、株式を売却するときには株式投資ファイナンスから共同ファイナンスへ銘柄、数量、値段を指示して売り注文を出し、共同ファイナンスが株式投資ファイナンスの代表者であるBの指示に従って証券会社に売却委託注文を出していた。共同ファイナンスは、当時わかもと製薬株式会社(以下「わかもと株」という。)の株式に集中して売却委託注文を受けるようになり、市場占有率についての行政機関による規制を避け、株式を分散する意味もあって、平成二年二月九日から丸大証券に口座を開設し、丸大証券に売却委託注文をするようになった。

丸大証券とBの株取引は平成二年二月ころから多くなり、当初は優良株、採算株の買付が主であったが、同年三月ころからは鹿児島銀行株、肥後銀行株の買い注文が非常に多くなり、短期間に株価が高騰し、いわゆる仕手株化した。

(二) 東京証券取引所では業務規程で売買取引を普通取引、当日決済取引、特約日決済取引、発行日決済取引の四取引に区分している。実際に行われる売買取引のほとんどが普通取引で、原則として売買契約成立の日から起算して四営業日目の日に証券取引所で決済される。このため株式の売却代金は取引日から四営業日後でないと取得できなかった。そこで、共同ファイナンスでは売付株式の受渡日ではなくその売買成立日に現金を顧客に取得させる「即金」と称する業務を行っていた。即金とは、顧客から株式の銘柄、株数、売り方などを示して申込みがあると共同ファイナンスが取引のある証券会社に共同ファイナンスの名義で売付委託注文をし、証券会社から電話で売買成立の報告があるとこれを顧客に通知し、株券の引渡しを受けるのと引き換えに受渡代金相当額から証券会社の手数料、税金、売却代金が取得できるまでの日数分の利息相当額を控除した金額を顧客に交付し、三日後に証券会社から株式の取引報告書が届けられ、売買成立日から四営業日後の受渡日に共同ファイナンスの事務所で売付株券の交付と引き換えに証券会社から受渡代金を受領するというものであった。

共同ファイナンスでは主に預金小切手で代金相当額の受渡しをしており、即金の申込による株式売却代金と株券の受渡しは共同ファイナンスか株式投資ファイナンスの事務所で行われ、この席には買付代金の支払いを受けるために丸大証券の従業員も同席していたことがあった。

共同ファイナンスと丸大証券との間では、丸大証券の従業員が受渡日の正午ころ共同ファイナンスの事務所に受渡代金を持参して株券の引渡を受けるのと引換に受渡代金を交付するという方法がとられた。

共同ファイナンスは、即金等の資金を原告から融資を受け、原告はその資金を銀行、ノンバンク等から借り入れ、それぞれ株券を担保としてまかなっていた。本件の鹿児島銀行株、肥後銀行株の即金の資金は、原告が日本中央地所株式会社(以下「日本中央地所」という。)から借り入れた資金を利用したものであった。

(三) 共同ファイナンスでは、昭和五七年ころからBに貸付けをしていたが、平成元年三月ころからBが株式投資ファイナンスに対するリファイナンスの依頼をしてきたので、これを契機に取引が拡大していった。

共同ファイナンスでは株式投資ファイナンス以外の即金売付委託注文も丸大証券に出していた。

(四) 鹿児島銀行株と肥後銀行株は、平成二年二月ころからいわゆる仕手株となっていた。共同ファイナンスは、平成二年三月一三日、株式投資ファイナンスから鹿児島銀行株と肥後銀行株の即金の申込みを受け、同月一四日、丸大証券に対して鹿児島銀行株四五万株、肥後銀行株一〇万株の売却委託注文をし、同日、株式投資ファイナンスからの株券の引渡しと引き換えに右各株式の分として一四億六九七七万六二〇四円を交付し、同月一四日にも株式投資ファイナンスから鹿児島銀行株と肥後銀行株の即金の申込みを受け、同月一五日、丸大証券に対して鹿児島銀行株五六万九〇〇〇株、肥後銀行株一九万株の売却委託注文をし、同日、株式投資ファイナンスからの株券の引渡しと引き換えに右各株式の分として二〇億三六〇四万一八六八円を交付した。

(五) Bは、同月一六日の前場まで丸大証券に対して株式の買付けを注文していたが、同日午後から株価が急激に下落したため丸大証券では買付注文を止め、Bは、同日夕方には丸大証券に対し買付代金を支払うことのできない状態になった。

丸大証券の日本橋支店長であったC(以下「C支店長」という。)は、Bが買付代金を支払えなくなったために、同日夕方共同ファイナンスに行き、共同ファイナンスの代表者であるD(以下「D」という。)に対し、同月一九日に決済される売付代金を支払うことができないと伝えた。

Dは、原告代表者とともに同月一七日にBの事務所に赴き、被告に対し、受渡代金の支払いを要求した。

Dは、同月一九日午前中から丸大証券と受渡についての折衝を始めたが、丸大証券の企画部長であるE(以下「E」という。)から弁護士の指示に従うことになったと告げられ、弁護士からは丸大証券のBに対する買付代金債務と丸大証券の受渡債務とを相殺するとの回答を得た。

原告は、同日、日本中央地所に事情を報告し、受渡しのための株券の交付を受け共同ファイナンスに持参した。共同ファイナンスでは丸大証券以外の証券会社については株券と売却代金との受渡しを終えたが、丸大証券は受渡代金を持参しなかった。

Dは、同日午後二時ころ、原告代表者とともに同日受渡分で日本中央地所から原告が借り受けた鹿児島銀行株、肥後銀行株の株券を鞄に入れ、わかもと株の株券の預り証を持参し、丸大証券の日本橋支店に行きEに対し売却代金の受渡しを要求したが、結局、わかもと株のみ決済された。

同月二〇日に決済される鹿児島銀行株、肥後銀行株については、前日これらの株式について受渡しができなかったのであるから売却代金を受け取ってからにしてほしいと日本中央地所から原告に申し入れがあり、二〇日に受渡しが可能かどうかも疑問であったので、原告はこれらの株券を日本中央地所から借り出すことはせず、決済されれば直ちに取り寄せられるように手配したにとどまった。

同日も原告会社との間ではわかもと株のみ決済され、鹿児島銀行株と肥後銀行株の受渡しは拒否された。

同月二二日が共同ファイナンスと丸大証券との最終の受渡日であったため、原告は未決済分の株券を含めて日本中央地所から借り出し共同ファイナンスに交付し、DはEに受渡しを求めたが、同日が決済日であるわかもと株のみ決済され、鹿児島銀行株と肥後銀行株の受渡代金の支払いは拒否された。

共同ファイナンスは、同月二三日付けの内容証明郵便で丸大証券に対し、鹿児島銀行株と肥後銀行株の受渡代金の支払いを請求したが、丸大証券は同月二六日付けの内容証明郵便でこれを拒否する旨の回答をした。

(六) 共同ファイナンスは、丸大証券に対し、平成二年四月一六日、丸大証券が鹿児島銀行株と肥後銀行株の売却代金を支払わないことを理由に右各株式の売付委託契約を解除し、平成二年四月一二日に右各株式を同日の市場価格一四億六七六五万円で売却してその差額である二〇億三八一六万八〇七二円を損害として請求し、被告に対しても同月一五日付けの通知書で商法二六六条の三に基づき損害賠償請求をした。

2  前記争いのない事実等と右認定の事実に基づいて鹿児島銀行株と肥後銀行株の売付委託注文の主体について判断する。

即金の仕組みは、前記1(二)認定のとおりである。本件では共同ファイナンスが丸大証券に開設した口座を利用して売付委託注文を出しており、売付委託注文は共同ファイナンスの顧客の指示に基づくものではあるが、この口座を利用して売付委託注文を出す顧客には株式投資ファイナンス以外の顧客もある。顧客からの依頼に基づき証券会社を選択するのは共同ファイナンスである。また、丸大証券に対して共同ファイナンスからは顧客の名が明かされていない。共同ファイナンスでは顧客から株券の引渡しを受け、金銭を顧客に引き渡せば顧客との関係が終了し、後は共同ファイナンスが丸大証券から受渡代金を受領するという関係が残るだけで、共同ファイナンスが顧客に対して金銭の返還を請求することはない。すなわち、顧客は即金業者から融資を受け、即金業者は顧客の提供した担保物としての株券を取得してそれと引換えに証券会社から受渡代金を受領するものである。

かかる一連の取引関係をみれば、本件株式の売付委託注文の主体は、共同ファイナンスと見るべきであり、Bあるいは株式投資ファイナンスが売付委託注文の主体であると見るのは相当でなく、これを左右するに足りる証拠はない。

二  株券の提示

1  共同ファイナンスが丸大証券に対し、平成二年三月一九日売付株券を提示したことは前記認定のとおりであり、同月二〇日には売付株券引渡の準備を整えて受渡しを要求しているのであるから口頭の提供をしたものと言うことができる。右認定に反する≪証拠省略≫の記載及び被告本人尋問の結果は、わかもと株の株券の受渡しが履行されていること、≪証拠省略≫の記載に照らして採用することができない。

2  そうすると、受渡代金を支払わなかった丸大証券には共同ファイナンスに対し、売付委託契約上の債務不履行責任がある。

三  商法二六六条の三の責任

1  証拠(≪証拠省略≫、被告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は、昭和二四年四月に大蔵事務官として熊本国税局宮崎税務署に勤務し、昭和三七年七月から大蔵省理財局資金課、同三九年六月から同省証券局検査課に勤務しその後は大蔵省に長期間勤務して証券業務を担当し、昭和五六年一二月から民間の証券会社に勤務するようになり、昭和六一年四月から丸大証券に入社して代表取締役に就任した。

(二) 丸大証券の本社は群馬県桐生市にあったが、平成元年一〇月二〇日に日本橋支店を設置し東京に進出した。

(三) 平成二年当時の株式業界は好況であり、平成元年ころからは仕手株の売買が頻繁に見られるようになり、平成二年三月に入って東京証券取引所では取引に当たっての値幅制限、増担保、現金担保等の各種規制をし、各証券会社に対してもこれらの対策を求めていた。

丸大証券も同年三月一二日、C支店長が大蔵省証券局流通市場課より出頭を命ぜられ、第一工業製薬の株取引が仕手化してきているので慎重に取り扱うように行政指導を受け、翌日には被告も同課に出頭し、担当官から仕手筋の実情について説明を受けたりして、Bが仕手筋の顧客であることの情報も得ていた。仕手戦が激しくなると買付代金は支払わないまま他の証券会社で仮名等により売り付けた代金を持ち帰るいわゆる鉄砲事件も発生した。

(四) 被告は、平成二年三月一五日の午後には日本橋支店に「仕手株買いストップ」、買いストップ銘柄として鹿児島銀行、肥後銀行等の表示を掲示し、店内の見易い場所に「買代金前受、売り株券前受、大蔵省通達、大口投資家は売買において三〇パーセント以上の前受金を徴収すること。厳守すべし」の張り紙をした。

(五) 丸大証券の外務員であったF(以下「F」という。)は、鹿児島銀行株、肥後銀行株の株価が高騰しているのでこの株取引には相当の前受金をもらっておかなければならないのではないかと丸大証券に申し入れしていたが実行されなかった。また、平成二年二月以降はBの買い数量が増加していったので受渡不能になる可能性もあるので前受金をとるようC支店長に申し入れたが、同支店長は消極的な対応であったので、Fは被告に対しても右申し入れをした。

2  右二の2認定のとおり、丸大証券は共同ファイナンスに対し売付委託契約上の債務不履行責任がある。

被告は、丸大証券の代表者として平成二年三月一三日には大蔵省に呼ばれ、仕手株についての注意を受け、Bが仕手筋の顧客であることの情報も提供され、また、それ以前から丸大証券の従業員からもBが仕手筋であり、買い数量が増加しているので買い注文を受けるには前受金をもらった方がよいとの助言を受け、同月一五日には仕手株取引に注意するように丸大証券の店舗内に張り紙まで出すまでの状況に至りながら、前受金の授受等の何らの方策を講ずることなくBの買い注文を受けたために株価の低落により受渡しを不能とさせ、共同ファイナンスに対する売付代金の支払いを不能にし、丸大証券に共同ファイナンスに対する債務不履行責任を負わせた。したがって、被告には共同ファイナンスに対して商法二六六条の三に基づく責任があるということができる。

原告と丸大証券との間では本件和解が成立し、被告は、共同ファイナンスに対する損害賠償責任があるとしても本件和解で原告が一三億五〇〇〇万円の支払いを受け、その余の請求を放棄したことで損害賠償請求権が消滅したと主張する。

本件和解が成立した事件における訴訟物は、丸大証券と原告との間の株式取引に関する受渡代金支払義務の債務不履行に基づく損害賠償請求権である。原告代表者尋問の結果によれば、本件和解に基づく一三億五〇〇〇万円の履行は完了した事実を認めることができるが、商法二六六条の三の責任と丸大証券の損害賠償責任とは不真正連帯債務の関係に立つものと解され、債務者の一人に生じた事由でも目的到達以外のものはすべて他の債務者には影響しないから、丸大証券及び被告が負担する損害賠償債務は二〇億三八一六万八〇七二円であることを考慮すると本件和解金の支払いが完了したことによって絶対的効力を生ずるのは一三億五〇〇〇万円の限度であり、その余の六億八八一六万八〇七二円については被告に対する損害賠償請求権が消滅するものではない。

四  被告は、原告代表者や共同ファイナンスが平成二年三月当時、Bの仕手株売買資金として利用されることを知りながら即金の申込を受けてこれに応じてきたのに対し、丸大証券及び被告は本件証券事故が発生するまでBと共同ファイナンス及び原告との関係を全く知らず、かつ、知る由もなかったのであるから被告個人に代表取締役としての責任を求めることは権利の濫用であると主張する。

しかしながら、前記三の1で認定したとおり、被告はC支店長やFらからBとの鹿児島銀行株、肥後銀行株の取引が仕手株であり受渡不能になるおそれがあることを助言され、大蔵省の担当官からもBとの取引が仕手筋であることの情報も得ていた。また、≪証拠省略≫によれば、C支店長は、Bの株式取引に深く関わり、Bの事務所や共同ファイナンスの事務所での株式の受渡決済にも立ち会って、Fから原告代表者が共同ファイナンスの口座で即金で売っていると聞かされたことがあること、Bが受渡不能になった平成二年三月一六日の翌一七日には共同ファイナンスの口座を利用した鹿児島銀行株、肥後銀行株の売付委託注文がBのものであることを認めさせる書面を書かせ、同月一三日ころからはBと共同ファイナンスが同一であると疑っていたことを認めることができる。

そうすると、Bと丸大証券との間の取引額の大きさからみて丸大証券の代表取締役であった被告がBと丸大証券との間の取引の詳細及びBと共同ファイナンス及び原告間の取引の経緯の詳細を全く知らなかったとか知る由もなかったとは考えることができない。被告の主張はその前提を欠いている。その他、本訴請求が権利の濫用であるとか信義誠実の原則に反するとかの事実を認めるに足りる証拠はない。

五  したがって、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判官 小野洋一)

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